今夜はブギー・バックの系譜学〜ささやかな補遺として

さて、今年ももう終わりに近づいて、年末にみなさんはへ行ったりTJNYのライブに行ったりするんでしょうか。東京羨ましい。

そんな中、宇多田ヒカルがデビュー15周年を記念して、「First Love」のリマスター再発売が発表されました。

ナタリー - 宇多田「First Love」リマスター盤&UtadaライブiTS配信 

 

 

これでおそらくこのアルバムは日本のCDセールス史上初の1000万枚の大台を超えること必至という大事件は置いといても、個人的にはこの時に発表された5000枚限定でもはや品切れという、限定ボックスの内容について少し触れつつ、いままでtofubeatsについて書いていたところで自己補修しつつ弁解していこうかなと思いました。

まず、去年の水星の自分のコメントで「水星は10年台の『今夜はブギー・バックだ』」というのがありまして。

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 ここ、イチゼロ年代とかテン年代なのかは読者の裁量に任せるように数字で書いたんですが(笑)これが、自分がオリジナルというわけでもないとは思うんですけど、その後このフレーズが広まって、しかも変わっていて「21世紀のブギー・バック」と言われるようになってるんですね。(同じように七尾旅人とやけのはら「rollin' rollin'」も言われてるんですね)

 

Rollin’Rollin’

Rollin’Rollin’

 

  で、これは違うということをすくなくとも反論しておきたいということでちょうどこのリリースが重なって、かつ、去年書いた水星論での「小沢健二宇多田ヒカルtofubeatsのイメージパス」についての話も少し、このブギー・バックを軸に語れるんではないかなと。

蛇足ながら、デビュー当時はあまり明確化されていなかったが、宇多田ヒカル自体は非常に小沢健二の音楽スタイルを引き継いでいるという指摘があり、ここで小沢健二宇多田ヒカルtofubeatsというイメージパスが行われていると考えると非常に興味深いものがある

http://netokaru.com/?p=15905

 

 ここで触れていたいのは、この、99年における宇多田ヒカルのファーストライブのDVDで、この中で「今夜はブギー・バック」が歌われているんですね。


今夜はブギーバック(Luv Live Tokyo) - YouTube

おそらくこれが、94年にリリースされた時点でのスマッシュヒットし、後に「日本語ラップ初のヒット曲」ということになるこの曲がリバイバルされた最初の機会だろうなと。そういう話をしたいと思います。

この「日本語ラップ初のヒット曲」という言い方はもちろん嘘ではないとは思うのだけど、それはけっこう誇張された話であって、当時のオリコン・チャートでは最高15位でベストテン入りもしていなかったりします。

実はこの「ブギー・バックが初のヒップホップヒット曲」論というのは結構、その後の日本語ラップを語る人たちが生み出した歴史であって、当時は必ずしもそうは思われていなかったというのが自分の考えです。この説がなぜ生み出され、しかも支持されていったかというと、おそらくこの曲のことを意図的に消したいのかと思うのです。


East End × Yuri - Da.Yo.Ne - YouTube

 

EASTEND×YURIの「DA.YO.NE」は当時アルバムからのリカットシングルにもかかわらず、お茶の間レベルでヒットし、紅白歌合戦の出場まで勝ち取るまさに94年を代表するヒット曲になりました。おそらくヒット曲という意味ではこの曲が日本のヒップホップ史上初と言って良く、かつシングルとしては現在においても史上最高というセールスを記録しています。当初から「日本語ラップってダジャレみたい」と批判されることに対するコンプレックスも含め、この後「さんぴんCAMP」によって結実するハードコア化した日本語ラップシーンにおいて抑圧となり、この「ブギー・バック」説はかたや支持されて行ったのではないかという仮説を自分はとっていて、しかもその契機にこの99年における宇多田ヒカルのカバーがあると。

ちなみに、この「DA.YO.NE」は今聞いても非常によく出来た楽曲で、EASTEND自身も出自として真っ当にヒップホップを志向していたクルーの、遊び心のこもった曲が突如ヒットしたという事例のものです。むしろEASTENDはさんぴんCAMPのメンツよりであるあたりに、当時の音楽を語る場のねじれを感じたりもするのですが。この曲を、当時タモリが褒めていたりといったエピソードもあり、このなかば抑圧された楽曲の再評価もまた行われてはいます。例えばtofubeatsも彼のプロデュースしたリリカルスクール「リボンをギュッと」の中で、同じサンプルソースを思わせるフレーズを挟み込んだりしています。


lyrical school / リボンをきゅっと (MV) - YouTube

 

date course

date course

 

 

また、「タモリが褒めたから小沢健二は偉大だ」といったのは樋口毅宏ですが、それなら同じようにタモリが褒めたDA.YO.NEも同じように偉大なものとして称揚しなければいけないと思うのですが。

 

さらば雑司ヶ谷 (新潮文庫)

さらば雑司ヶ谷 (新潮文庫)

 

 

この当時の宇多田は、デビューシングルの「automatic」が「笑う犬の生活」EDに取り上げられ大ヒットしてから、アルバムが日本史上最高のセールスを記録することになるほどの社会現象となると同時に、「N.Y育ちの本場のR&B育ちの帰国子女」という、今のエヴァについて熱く語ったりtwitterをしている宇多田ヒカルのイメージから振り返るとちょっとハイプな売り出しをしていました。その是非はともかくそのような本場仕込みの歌手が「ブギー・バック」を取り上げたという事実は、一つの「本場の公認」として機能したと考えることは決して言い過ぎではないと思います。

そして一方で、「今夜はブギー・バック」はそれまで「小沢健二の代表曲」としても余り認知されていなかった、その後、95年を代表する名盤となる「LIFE」内においても今作は少し世界観がズレており、当時の小沢健二イメージとしても「ラブリー」や「愛し愛されて生きるのさ」またはTVCMで歌われた「カローラ2に乗って」というイメージが強く、ブギー・バックは彼のコラボレーションとしての違う顔というものでした。それ故、アーティストイメージに縛られない楽曲単体として取り出しやすく、後に多くのアーティストにカバーされることにもなるのですが。

(例えばよしもとよしともの「青い車」に置いて、小沢健二的なものを排除するという、名シーンがあるのですがその時に取り上げられていたのも「ラブリー」です。)

 

青い車 (CUE COMICS)

青い車 (CUE COMICS)

 

 

99年にライブで取り上げ、その年のうちに本家であるスチャダラパーとも共演、また、Hey!Hey!Hey!に出演した際にも本作を歌うなど、当時の彼女とブギー・バックは思った以上に密接な関係を持ちます。

 

そして、一方でその頃には小沢健二は楽曲をほとんど発表しなくなる沈黙期間に入り、単身N.Y.へ飛んで半ば隠居したような生活をします。(まるで現在の宇多田ヒカルのように!)そして、2002年にはN.Yで録音された、「eclectic」をリリースします。このアルバムの独自のR&B解釈というにはあまりに独自過ぎる、聴く度に背筋の寒くなるような印象はかつての小沢健二を期待していた層に驚きと戸惑いを持って受け取られましたが、そのアルバムの中に「ブギー・バック」のセルフカバーを含んでいたことに注目したいです。この、「ブギー・バック」カバーを小沢健二からのN.Y.への、そして宇多田ヒカルへのアンサーと捉えることも可能ではないか、というのが自分の見立てです。

 

Eclectic

Eclectic

 

 

そして今作のアルバムの批評において、菊地成孔宇多田ヒカル小沢健二の相似的な部分を指摘していたりします。

 

(音楽の構造的にはどうですか?)

さっき平井堅といったけれども、単に作曲の構造だけ見れば、一番近いのは何と宇多田ヒカル

(えええー?)

ホントホント。えーと、マイナー系の循環コードの上で、ラップに近いぐらいの字数の多い詞を、フェイクみたいな、自由気ままで難易度は高い、細かいメロディーに乗せて。という形式ね。

<『eclectic』を聴いて>「歌舞伎町のミッドナイトフットボール」所蔵

 

 

 

 

この時期、ヴィレッジヴァンガードJASDAQに上場(2003年)し、ショッピングモールの中にオープンすることで都心以外の街にも広がり、「サブカル」というワードがそれまでと違う文脈で使用されていき、その文脈の中でブギー・バックは取り上げられ、広がっていきます。これはかつてのクラブシーンでもお茶の間とも少し違う場であることは、その後この曲をカバーしたアーティスト  を羅列すればわかると思われます。そして、映画「モテキ」のエンディングにおいて主演の森山未來がカバーするに至って、この曲の「サブカルのアンセム」といったイメージは完全に定着します。

 

 

モテキ DVD通常版

モテキ DVD通常版

 

 

つまり、自分が言いたいのは、「今夜はブギー・バック」は90年台(20世紀)のヒットと言うよりは、ゼロ年代から21世紀に入ってからリバイバルの流れを受けた楽曲であるということです。おそらくこの楽曲が再評価された「サブカル」シーンこそ、95年、オウムと震災を経た日本で宮台真司が「終わりなき日常を生きろ」といった、自分のセンスによって消費を選択することで自分を他者と差異化し、平凡な日常をサヴァイブしていくという生き方の一つの現われだったかと思います。しかし、それらの選択も現在の若者の金離れによる消費低下、またヴィレバンの急拡大に伴う差異化の機能低下に伴い、サブカルというのは単なる話題を提供するツールの一つでしかなくなっていきます(映画版「モテキ」はまさにそのような消費による自己規定でがんじがらめになった主人公の物語です)そういった状況から、またその世界を突き崩すように現れたのが、tofubeatsであり水星であったというのは自分がもう何度も書いたことであるのでこれ以上語ることはないのですが、これをいままで言えなかった一連のtofubeats論のささやかな補遺としてここにおいておきます。またtofubeatsもメジャー契約し、次のステップに行くに連れて、また違う景色を自分たちに見せてくれると期待しながら。

 

lost decade

lost decade